開発者の想い①風土とエコテクノルーフ

はっきりとした四季があり長雨の季節が一年に二度もある。
南の国とは異なり農作業の出来ない期間も長いのが日本であった。
必然的に家の作り方も南方とは違っていた。
南方の家は柱を立て屋根を葺いてつくる。強い日射やスコールを防ぐため屋根が肝要であった。そして、必要なところに“壁”を作って塞いでいた。
北の家は、草木で円錐形に壁と屋根を作り、寒さを防ぐために壁で囲うことが肝要であった。そして人や物の出入りや排煙のために必要なところは穴を開けていた。
屋根が必需で壁は二次的な役割の南の地方と壁が必需な北の家は真逆であった。
その時代では、南方の生活では主体は外で北方の生活では主体は家の中もである。
南の地域は、四季の変化は小さく家の中での生活は寝ることが中心でシンプルである。
北の地域は厳しく長い冬があり家が生活の主体となる期間が長い。だから家を作るには知恵が必要だった。家の中で火を使う必要から煙を出すための工夫とか、冬は家の中で作業をして暮らすことになるので物を作る上での工夫、調理を家の中で行う上での工夫などいろいろある。近代の茅葺屋根の家は竪穴式住居に壁を設けたもの。ただし壁があるのは豊かな人々の家。作るのは難しく手間も暇も必要なので明治初期でも竪穴式住居住まいの人々はあちこちに居た。
茅葺屋根の家の基本は三方壁である。南の大開口は庭と一体となっていて、天候や季節に応じて可変する作業スペースとなっている。

撮影 石川

 

暖や明かりを得るために知恵を絞って四季を通じて太陽のエネルギーを使ったのも「北の家」であった。
しかし高断熱高気密住宅なのに日向を家の中に作る人が多いのは困ったものだ。日当たりのよい家とは家の周りに日がよく当たることを指していたのに、誰が家の中に日向を作ることと勘違いをしたのであろう。
ちょっと脱線をしたが話を元に戻す。
開口部が作りやすい時代になると西の地域から北にも開口部を設けるようになって来た。東西壁南北窓が西から東海へと広がって住まい方も変わってきた。
そして現代は、日差しを入れないで光を入れ、風を入れ、風景を入れる。
寒さや暑さを家の中から無くしていくのは、高断熱高気密住宅作りの知恵の出しどころ、楽しいところ。
家は南方の国ではなく北で間取りも住まい方も進化したと思う。
このような風土の中でエコテクノルーフは産声を上げた。
エコテクノルーフの開発目標は、高温多湿から氷点下30度という過酷な環境下に置かれる屋根で構造体よりも長寿命な屋根葺き材とすること、ルーフィング要らずというほど高度な止水性を有する屋根葺き材、住宅のエネルギー供給源となる創エネルギー屋根葺き材、高度に工業化され施工も簡単容易な屋根システムにすることである。
ユニットバスが在来の風呂場の材料を、作り方を、考え方、使い方までを一掃したように!